蛯名正義騎手の日本ダービー成績(掲示板を中心に)
蛯名正義騎手の日本ダービー。
掲示板に乗ること9度。
そんな掲示板を振り返ってみたいと思います。
蛯名騎手日本ダービー掲示板 5着
1996年
サクラスピードオー
前年に引退した後方一気で沸かせたサクラチトセオーと対照的に、逃げて京成杯と共同通信杯4歳ステークスを連勝したサクラスピードオー。
サクラ軍団のバトンタッチは両極端なタイプとなり大いに盛り上がりました。
ところが小島太騎手が2月に引退して鞍上が空いてしまったサクラスピードオー。
横山典弘騎手に引き継がれ皐月賞は横山典弘騎手が騎乗します。
しかしながらその横山典弘騎手はなんと日本ダービー直前に騎乗停止。
急遽蛯名騎手が日本ダービーの手綱を握ることになります。
完全な逃げ馬タイプのサクラスピードオーに当時あまり逃げのイメージのない蛯名騎手。
もともと2400mに不安もあり、急遽の乗り替わりということもあり人気は皐月賞よりも落ちました。
そんな背景のあった1996年の蛯名騎手の日本ダービー。
サクラスピードオーの持ち味を活かすべく果敢に逃げます。
結果としては直線で後続に差され5着。
その時の騎乗は持ち味を十分に発揮し、見せ場はつくれたと及第点といわれました。
日本ダービー以降はマイル路線を主戦場とするサクラスピードオーですのでやはり日本ダービーの2400mは適距離ではなかったのでしょう。
2006年
ドリームジャーニー
池添騎手とのコンビでグランプリ連覇のイメージが強いドリームジャーニー。
日本ダービーまでは蛯名騎手のクラシックパートナーでした。
朝日フューチュリティステークスは蛯名騎手に導かれ豪快に差し切りました。
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蛯名騎手日本ダービー掲示板 4着
1999年
オースミブライト
1999年のクラシック戦線は3強対決といわれていました。
テイエムオペラオー(皐月賞)
アドマイヤベガ(日本ダービー)
ナリタトップロード(菊花賞)
上記のように3強が3冠を分かち合います。
オースミブライトはこの3強に次ぐ存在でした。
年明けの京成杯を快勝し神戸新聞杯も制しています。
(蛯名騎手は秋シーズンは騎乗していません)
皐月賞2着、日本ダービー4着、菊花賞8着と前述の3強には一歩及ばない成績。
特に日本ダービーは3強がワンツースリーを決める中の4着ですのでオースミブライトの立ち位置が明確にされた気がしました。
ちなみに日本ダービーのあとオースミブライトは蛯名騎手と宝塚記念に向かいます。
結果は6着ですが3番人気に支持されています。
3強には及ばないが実力はあると認められた存在ではありました。
2009年
ナカヤマフェスタ
のちに凱旋門賞で2着するナカヤマフェスタ。
日本ダービーも蛯名騎手とのコンビで参戦しています。
2歳時に9番人気ながら東京スポーツ2歳ステークスを制し、年明けの京成杯も2着でまとめクラシックに望みます。
日本ダービーに話を戻すとこの年は不良馬場での開催。
皐月賞が案外だったこともあり9番人気での出走となります。
結果としては4着になるわけですが、このころから人気と成績が反比例しだしました。
秋にはセントライト記念で2番人気で1着と快勝しますが、本番の菊花賞では4番人気で12着。
その後宝塚記念を制した時は8番人気、凱旋門賞での好走は10着、凱旋したジャパンカップは2番人気で14着。
馬券的には掴みところが難しいタイプでしたね。
1995年
ホッカイルソー
個人的には若かりし頃の蛯名騎手の代表馬としてはステージチャンプよりもホッカイルソーを選択します。
GⅠ制覇こそ叶いませんでしたが蛯名騎手と共に多くの物語を紡いだ名馬だと思っています。
ホッカイルソーに関してはまた別の機会に語りたいと思いますので日本ダービーに絞って今回はお伝えします。
この年のクラシック戦線はサンデーサイレンス元年といったところでしょう。
大将格のフジキセキを皐月賞前に失いながらもクラシックを席巻します。
ジェニュイン(皐月賞)
タヤスツヨシ(日本ダービー)
ダンスパートナー(オークス)
などサンデーサイレンスの絶対王政が始まったのはこの1995年です。
そんな日本ダービーでのホッカイルソーは4着となるわけですが、2着はあったといわれています。
ダービーを制するタヤスツヨシは最後の直線で結構斜行しています。
ホッカイルソーは諸にあおりを受けています。
レース後蛯名騎手も『あれがなければ2着はあった』とコメントしています。
私もそれは感じています。
しかしながら結果は変わらず4着です。
ちなみにホッカイルソー皐月賞4着、日本ダービー4着、菊花賞3着という成績。
安定感がありますね。
当時はナイスネイチャ、ロイスアンドロイス、オートマチックなどGⅠ戦線でこういった安定感のある馬がよくいて、善戦マンといわれていましたが、ホッカイルソーもその中の1頭でした。
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蛯名騎手日本ダービー掲示板 3着
2004年
ハイアーゲーム
個人的に蛯名騎手ファンとして日本ダービー制覇を一番現実的に感じた最初の馬がハイアーゲームでした。
デビュー以来東京で3戦2勝2着1回で迎えたダービートライアル青葉賞。
前走の弥生賞は4着。
弥生賞の結果から皐月賞の優先出走権は取れませんでした。
しかし逆に優先出走権が取れなかったのでハイアーゲームに不向きな皐月賞に行かずに済んだくらいに思っていました。
予定通り青葉賞を快勝して臨んだ日本ダービー。
青葉賞馬は本番では勝てないといわれながらの3番人気。
後方から勝負どころで仕掛けキングカメハメハに真っ向勝負を挑みます。
しかし残念ながらこの時点ではキングカメハメハの方が実力は上でした。
綺麗に壁にはじき返されたような印象です。
力を出し切って負けたのだから仕方がないと潔く思えるようなレースでした。
結果的には3着になりますが、2着馬は道中17番手から脚をためるだけためて直線勝負に賭けていた横山典弘騎手のハーツクライ。
横山典弘騎手の騎乗にしてやられた感もありこれまた潔く負けを認められるような結果です。
蛯名騎手からも『勝ちに行っての3着』とのコメントもありました。
これで負けたのだから仕方がないと感じた日本ダービーでした。
2016年
ディーマジェスティ
ディーマジェスティに関してはレース後直ぐにに振り返っていますのでこちらをご覧ください。
蛯名騎手日本ダービー掲示板 2着
2014年
イスラボニータ
イスラボニータも日本ダービー制覇を現実的に感じた馬の1頭です。
なんといっても皐月賞を制覇しています。
しかもそれまで4連勝の6戦5勝2着1回。
府中に限って言えば4戦4勝。
脚質も器用さを感じる先行タイプ。
イスラボニータと蛯名正義騎手は1番人気でスタートすることとなります。
レース前から『ついに蛯名も日本ダービー』と連日新聞やweb上を賑わせます。
しかしながら結果はワンアンドオンリーに3/4馬身届かず2着。
このレースはレース後に残念ながらタラレバを口にしてしまうようなレースでした。
これという明確なマイナスがあるわけではありませんが、少しづつの小さなマイナス要素が積み重なって3/4馬身届かなかった印象です。
もう少しだけ内枠だったら
もう少しだけ体調がよければ
やっぱり距離が少し長いか
もう少しだけワンアンドオンリーが・・・
横山典弘騎手があの乗り方でなければ・・・
挙げればキリがないのですが特に横山典弘騎手の騎乗でしょうか・・・。
いずれにしてもイスラボニータは2着だったわけですね。
2012年
フェノーメノ
私はフェノーメノには明確な敗因があると思っています。
詳細は別の場で述べていますが(詳細:フェノーメノのときに足りなかったもの)当時のフェノーメノと日本ダービーを取るには絆が足りなかったのだと思っています。
蛯名騎手日本ダービーまとめ
上記のように掲示板に乗った馬以外にも
シャコーグレード
ステージチャンプ
セイリューオー
クリールサイクロン
ジョウテンブレーヴ
ダイイチダンヒル
ノーリーズン
スズカドリーム
ダンスインザモア
エイシンテンリュー
ショウナンアルバ
ハンソデバンド
トーセンラー
ヒラボクディープ
タンタアレグリア
日本ダービーに騎乗する数24回
【0・2・2・3・2・15】
数多くの馬と戦ってきました。
そんな各馬の想いを乗せて、いざ今度こそ日本ダービー制覇を!
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