蛯名正義騎手の2500勝を祝って節目の記念勝利を振り返る
2018年5月13日、蛯名正義騎手が史上4人目の通算2500勝達成です。
おめでとうございます。
リーチがかかった前日12日のメインレース京王杯SC、2番人気のサトノアレスに騎乗していたためこのまま一気に2500勝かと期待されましたが、僅差の3着。
だったら最終レースの2番人気メイショウエイコウで達成して『蛯名そこじゃない』という空気の読めないっぷりを披露するかと思いきやこれまた僅差の3着。
迎えた13日の騎乗馬を見ると少し記録達成は厳しいかと思われる騎乗予定。
しかしながら4Rの3歳未勝利戦ジェイケイマッチョ(6番人気)で見事2500勝を達成。
今日は厳しいと思わせながら相変わらずの『空気が読めない』演出です。
ヴィクトリアマイルの人気薄デンコウアンジュでアッと驚かせるというシナリオで『空気が読めない』演出もあるかと思っていましたが、ヴィクトリアマイルよりも前のレースで2500勝は達成しました。
そんな蛯名騎手の2500勝を記念して節目のレースを時代背景と共に振り返りたいと思います。
2000勝達成は2012年1月21日3歳未勝利シンクヴェトリル
この時は2Rで1999勝を挙げて直後の3Rで2000勝を達成しています。
『間隔があくとプレッシャーになるから早めに達成できてよかった』とコメントしています。
ちなみにこの日は10R、12Rと勝利し1日4勝。
一気に2002勝まで積み重ねています。
2012年は年間123勝を積み上げています。
2012年の代表馬といえばフェノーメノです。
フェノーメノが3歳のこの年、青葉賞とセントライト記念を制しています。
フェノーメノの3歳といえばもちろん日本ダービー2着もですね。
(フェノーメノと蛯名騎手の日本ダービーに関してはこちらもどうぞ)
他にもフェデラリスト、スマートロビン、ミッドサマーフェア、ベストディールなどが代表馬です。
2012年はアパパネが引退した年でもあります。
1500勝達成は2007年2月10日3歳未勝利サウスヒューマー
1500勝の時は1499勝を挙げてから1週間(開催2日)足踏みしました。
2007年の蛯名正義騎手は年間105勝。
2007年といえばなんといってもマツリダゴッホで制した有馬記念です。
9番人気での快勝は当時流行していた『KY』を使い『蛯名KY』と言われました。
蛯名騎手自ら『KY(空気読めない)じゃなくてCKY(超空気読めない)でしょう(笑)』とコメントしています。
2007年の代表馬としてはエフティマイアのデビューが2007年です。
近年エフティマイア産駒に良く騎乗しますが、エフティマイア自身は2007年の新潟2歳ステークスを制しています。
ダート戦線(プロキオンステークス制覇など)でワイルドワンダーとコンビを組んでいたのもこの時期です。
他の重賞勝ちとしては中山牝馬Sのマイネサマンサがいますね。
日本ダービーはドリームジャーニーで5着でした。
1000勝達成は2001年10月20日多摩川特別タカラテイオー
今と昔のレース体系の違いもあり1000勝ジョッキーというのはそれほど多くなく蛯名騎手で17人目でした。
1987年から2002年まで1000勝した騎手には調教師免許試験の第一次が免除という優遇措置が施されていた時代です。
この当時の1000勝という数字は今よりも注目度の高い記録だったと記憶しています。
2001年の蛯名正義騎手は年間133勝。
最多勝利騎手と最多賞金獲得騎手に輝いた年です。
2001年の代表馬はこの年それぞれGⅠ2勝しているマンハッタンカフェとトロットスターです。
マンハッタンカフェはその後の種牡馬としての活躍などもあり蛯名騎手の代表馬としてよく出る馬です。
一方トロットスターはあまり話題に挙がることが無いように思えます。
蛯名騎手2500勝の記事などでも代表馬として記載されませんでした。
その年の高松宮記念とスプリンターズステークスを制した名スプリンターの1頭だと思います。
半面その後転戦したマイルGⅠは2桁着順と生粋のスプリンター気質を見せつけています。
(こういった戦績はスペシャリスト感が満載でいいと思います)
高松宮記念は1番人気で制していますし、CBC賞、シルクロードステークスも制しています。
恐らくピークを過ぎて成績を落とした2002年の印象が影響してしまっているのでしょう。
他にも札幌記念エアエミネム、アルゼンチン共和国杯トウカイオーザ、マイラーズカップのジョウテンブレーヴ、フラワーカップのタイムフェアレディーなどの重賞勝ちがあります。
意外なところではクロフネやスティンガー、エアシャカールなどにも騎乗しています。
それからダート戦線ではファストフレンドが引退した年でもあります。
500勝達成は1997年1月6日4歳新馬戦スリーチケット
流石に古くなってきましたね。
馬齢が現在と異なります。
近年の競馬ファンには4歳新馬戦というのは馴染みがないと思います。
2001年に馬齢表記が国際基準に合わせるために変更されるのですが、その4年も前ですね。
牝馬限定のこのレース不良馬場で行われたダート戦ですが2番人気で勝ち切っています。
1997年の蛯名騎手の成績は年間62勝でした。
直前の3年間は年間71勝→84勝→82勝とコンスタントに勝鞍を挙げていたので、1997年はついに蛯名騎手も年間100勝かと思っていました。
秋の天皇賞でバブルガムフェローとのコンビで念願のGⅠ制覇をした翌年ということも追い風になると思っていました。
ところが結果的には62勝、ちなみに2着は86回というバランス。
当時は『蛯名が下手だから2着になってしまうんだ』という声と『蛯名が上手いから2着に持ってこれるんだ』という声が出ていたのを記憶しています。
もちろん私は後者の『蛯名が上手いから2着に持ってこれるんだ』派です。
現に1998年には前年の62勝の倍を超える136勝を挙げました。
(ここら辺も空気を読めないというようなところでしょうか)
1997年はGⅠ勝ちこそありませんが蛯名騎手の騎乗馬には印象に残る馬が多いです。
マウンテンストーン
シグナスヒーロー
プロモーション
シーズグレイス
セイリューオー
ビッグサンデー
エイシンガイモン
ヒコーキグモ
サクラスピードオー
ロイヤルタッチ
クリールサイクロン
マイネルラヴ
バブルガムフェロー
などなど
蛯名騎手のファンとして一番印象に残っているのは騎乗数は少ないですがロイヤルタッチの騎乗です。
ロイヤルタッチといえば柴田政人騎手とのコンビで有名なダービー馬ウイニングチケットの弟です。
伊藤雄二厩舎所属の超期待の良血馬です。
騎乗した騎手を見ればその期待の高さは一目瞭然です。
デビューから
武豊騎手1戦
オリビエペリエ騎手2戦
蛯名正義騎手1戦
南井克己騎手2戦
岡部幸雄騎手7戦
蛯名正義騎手2戦
オリビエペリエ騎手はこれまた近年の競馬ファンには馴染みがないでしょうか。
今でいうとクリストフルメール騎手並みの存在でした。
正直なところ当時の蛯名騎手ではこのメンバーに入ると実績面でやや劣ります。
『ロイヤルタッチに乗せてもらえるんだ』というのが蛯名騎手ファンとしての本音でした。
残念ながら天皇賞秋4着、ジャパンカップ11着と結果は出ませんでしたが、天皇賞秋は休み明けにもかかわらず掲示板に持ってきましたので及第点といわれていた記憶があります。
今の蛯名騎手が礎を築いている時期でしょうか。
そして1997年にはステージチャンプが引退した年でもあります。
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蛯名正義騎手と武豊騎手
蛯名騎手が節目の記念勝利に関してのインタビューでは武豊騎手が出てきます。
出てきますというのは本人の登場もありますが、蛯名騎手が口にしてコメントするということです。
『同期にはもっと勝ってる奴がいるから』
とお決まりのコメントをします。
今回は武豊騎手も東京競馬場にいたのでセレモニーに登場してくれた(2500勝の00の部分担当でしたね。)関係で
『僕なりに頑張ってきましたけど、彼(武豊騎手)がいるんで(笑)』
とのコメントでした。
言わずと知れた同期にライバルですが東西の第一人者ですね。
私見ですが岡部幸雄騎手が引退した後、『蛯名正義騎手と武豊騎手』この二人が日本の競馬界を引っ張ってきたのは間違いないと思っています。
お互いに紆余曲折ありますが、未だに存在感を見せつけてくれています。
『若い人たちに少しでも見本になるような仕事の仕方が伝わっていけばいいなと思います』
こんなコメントも蛯名騎手から出ています。
若い騎手がまだまだだということもあるのかもしれません。
見本となるような仕事、これからも応援させていただきます。
蛯名騎手2500勝おめでとうございます。
(懐かしさのあまり古い時代ほど長文となりましたがご了承ください)
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